近年、携帯電話やWi-Fiルーターなどの普及に伴い、「電磁波=体に悪い」と漠然と信じられている方も少なくありません。しかし、科学的には低周波から高周波の電磁波(非電離放射線)は主に熱作用で生体に影響を与え、通常の生活環境で受ける程度の電磁波では人体に有害な影響があるとは認められていません。本記事ではその真偽を科学的な見地から検証します。

はじめに:電磁波に関する不安と誤解
現代社会では、電力や通信技術の発展に伴って私たちの周りは電磁波であふれています。その一方で、電磁波が「体に悪い」という漠然とした不安や誤解も広まっています。WHO(世界保健機関)も「電磁界(電磁波)は最も一般的かつ急速に増大する環境影響要因の一つであり、そこに対する不安や憶測が広がっている」と指摘しています。誰もが目に見えない電磁波に囲まれており、情報が錯綜する中で多くの人が不安を抱いているのです。
実際、スマートフォンや家電から発生する電磁波は非常に微弱であり、「人体にほとんど影響がないというのが最近の定説」とする専門家の見方もあります。しかし、科学的な情報や専門家の見解は一般に伝わりにくく、ネット上では「携帯電話を使うとガンになる」「5Gが健康被害を起こす」などの誤情報も拡散されがちです。また、頭痛やめまいなどを電磁波のせいだと考える「電磁波過敏症(EHS)」という訴えもありますが、WHOによれば二重盲検試験ではEHSを自称する人も電磁波曝露を正しく感知できず、症状と実際の曝露は関連しなかったという結果になっています。科学的根拠があいまいなまま不安が先行している現状が、誤解を深めているのです。
電磁波の基本知識

図: 電磁波スペクトルの模式図(左側は長波、右側は高エネルギーのガンマ線)
電磁波とは、空間を伝わる電気と磁気の振動エネルギーの波のことです。WHOによれば「電磁放射線は宇宙の誕生以来存在し、私たちに最も馴染み深い形態は光である」とされ、可視光線や日光、熱線、さらには人体には見えないラジオ波やマイクロ波、X線・γ線まで幅広い波長を含みます。自然界にも太陽光や宇宙からの放射、雷など多様な電磁波が存在し、人為的には送電線や家庭配線、コンピュータ画面、携帯基地局、Wi-Fiルーター、電子レンジなどが身近な電磁波の発生源です。実際、WHOは「一般的な電磁波源には送電線・家庭配線・モーター駆動機器・コンピュータ画面・通信・放送施設・携帯電話などが含まれる」と述べています。
電磁波は周波数(波の振動数)によって性質が異なり、低周波(50/60Hzの送電線や家電由来)と高周波(ラジオ・テレビ・携帯電話など)とで主な作用も変わります。低周波では強い電場・磁場により体内に電流が誘導され神経が刺激されることが知られています(例:非常に強い低周波磁界下で網膜に閃光が見える「磁気閃光」現象など)。一方、高周波(RF)では主に生体組織の加熱作用が主機序となり、携帯電話周波数帯ではエネルギーの大部分は皮膚など表面近くで吸収され、脳など深部組織の温度上昇はごくわずかです。いずれの場合も、日常生活で遭遇するレベルの電磁波強度は極めて微弱で、研究によれば「生活環境で遭遇しうる電磁界が人体に有害な影響を及ぼすとは考えられない」とされています。
電磁波は本当に体に悪いのか?
公式機関の見解
WHOや厚生労働省・経済産業省など、専門機関は電磁波の健康影響について科学的根拠に基づいて評価しています。国際がん研究機関(IARC)は電波(携帯電話のRF)を「ヒトに対する発がん性の可能性がある(グループ2B)」に分類しましたが、これは「因果関係は否定できないが、バイアスや交絡を排除できない場合に使う」カテゴリーであり、証拠は限定的です。WHO傘下の国際電磁界プロジェクト(1996年開始)なども、現在までのところ「環境中や家庭内の短期曝露では明らかな有害影響は認められていない」としています。たとえばWHOは「短期的な曝露では外見上の有害影響は生じない」とし、インド国立医学研究院(ICMR)による携帯電話塔や端末の影響研究でも結論は出ていないと報告しています。また、日本の経済産業省も「生活環境での電磁界による健康影響があるという確実な証拠は見つかっていない」と明言していますmeti.go.jp。
科学的研究結果とその限界
動物実験や疫学研究でも、強い電磁波曝露の影響を調べる試みがなされています。米国のNTP研究(2018年公表)では、ラットを生涯にわたり携帯電話と同周波の電波に曝露したところ、雄ラットの心臓に神経鞘腫が増加したという証拠が報告されました。しかしその後、統計手法や曝露レベル(ICNIRPガイドラインを超える強度)に問題が指摘され、曝露群の寿命が対照群より長いなど解釈困難な点も明らかになりました。日本と韓国では同条件での再現実験が2024年までに完了し、結果が注目されています。一方、複数国による大規模疫学調査(成人向けINTERPHONE研究)では、携帯電話使用と頭部がんリスクに明確な上昇は認められませんでした。特に2021年発表の「MOBI-Kids研究」(世界14ヵ国、小中高生の脳腫瘍リスク)でも、通話時間や電波曝露量と脳腫瘍発症との間に関連は見られずniph.go.jp、年齢15~19歳では逆に使用が増えるほどリスクが低下する傾向すら観察されています。ただしいずれも「選択バイアス」など限界も指摘されており、研究結果は慎重に解釈する必要があります。現時点での健康リスク評価
2020年代初頭の総合評価では、電磁界がガンやその他疾患を引き起こす科学的証拠は不十分とされています。米国FDAやフランスANSES、スウェーデンSSM、オーストラリアARPANSAなども電磁波の研究を精査し、ICNIRPガイドラインの下では「曝露による健康リスクは認められない」と結論付けています。こうした専門機関は電磁界の作用機序(熱作用・神経刺激)に基づく安全閾値を定めており、通常の使用条件でこれを超えることはほぼないとしていますjeic-emf.jp。つまり現時点では「電磁波=健康被害」の決定的な証拠はなく、不安解消には科学的根拠に基づいた理解が重要です。
家庭でできる電磁波対策
強い電磁波を出す家電の使い方: IHクッキングヒーターや電子レンジなどは使用中に近くで磁界が高まります。しかし、JEICの測定ではテレビやIHを含む42種の家電すべてがICNIRP基準値を下回っておりjeic-emf.jp、通常の使用方法であれば安全です。念のためIHでは調理台から体を少し離し、電子レンジは調理中に前で立ち尽くさないようにする程度の工夫で曝露はさらに減ります。電磁波は距離の二乗で急速に弱まる性質があるため(距離を2倍にすると強度は約1/4に減少)、使うとき以外は機器から距離を取るだけでも効果的です。
寝室・子ども部屋での配置: 寝室のベッドは壁から少し離し(15cm程度)て置くとよいでしょう。壁の向こうで家屋内配線から漏れる静電場を避けられます。また、携帯電話の充電中に枕元に置かない、Wi-Fiルーターは就寝エリアから距離を取るなどの簡単な配慮もできます。ただし、家庭内の電磁波の大部分は低周波で微弱であり、これらの対策は安心感のためのオプションと考えてくださいjeic-emf.jp。
- 過剰な対策への注意: いくつかの民間製品(電磁波カットシート、アルミ箔など)が謳われていますが、科学的な効果は確認されていません。むしろ、これらを用いると携帯電話が基地局との通信を維持するために出力を上げてしまう可能性があります。WHOも一般には電磁界曝露の低減を要求しておらず、必要以上に神経質になることなく、上記のような基本的対策を押さえることが大切です。
安全な電気の使い方=健康につながる
適切な配線と接地: 家屋の配線は、古いまま錆びや断線がないか、接地(アース)が確実に行われているか定期的に確認しましょう。特に漏電遮断器(ブレーカー)が誤作動を繰り返す場合は、速やかに電気工事士に診てもらうべきサインです。一般に漏電遮断器や感電防止装置が正しく機能していれば、安全性は高まります。
法定点検の活用: 日本では電気事業法に基づき、送配電事業者が4年に一度、家庭の電気設備について漏電や異常がないかの点検を実施していますtdgc.jp。点検日時は事前に書面で通知され、電話連絡での案内は行いませんmeti.go.jp。もし「電話で分電盤を点検する」といった連絡があれば、悪質な訪問販売の可能性が高いので絶対に応じないようにしましょう。点検作業員は身分証を携帯していますが、高額な契約をその場で持ち掛けられることもないと警告されています。
専門家への相談: 配線の増設やブレーカー交換など、電気設備に不安があれば電気工事士や電力会社に相談しましょう。不審な訪問業者にうっかり契約しないよう心掛け、何か疑問があれば消費生活センターへ相談するのも有効です。定期的な点検や必要な機器交換は火災予防にもつながり、「安全な電気利用=健康な暮らし」に直結します。
まとめ:不安を減らし、安全に電気と付き合うために
電磁波に対する不安は、科学的知見を学ぶことで大きく軽減できます。WHOやICNIRPのガイドラインでは、日常生活で遭遇する電磁波レベルでは健康影響が生じないよう設計されています。JEICも「家電製品由来の電磁波が健康に悪影響を及ぼすとは考えられない」と明言しています。適切な知識のもとで、必要以上に心配することなく、簡単な対策を実践することで安心感を得られます。科学的根拠に基づいた冷静な判断と、配線・機器の点検といった適度な注意こそが、電磁波や電気に関わる不安を減らし、健康で安全な生活につながるのです。
参考資料: WHO、ICNIRP、経済産業省、厚生労働省、電磁界情報センター(JEIC)など公式・学術資料who.int jeic-emf.jp niph.go.jp meti.go.jpを基に作成。